Happy Birth Day to たーた〜♪
本日は、ワタクシたーたことタネさんのお誕生日でございますぅ〜
ひゅーひゅー。ピィーピィー。ぱふぱふ。ドンドン。
さすがにいくつになったかは、ご興味もないと思われますので
割愛させていただきますが。
えー、何ですねぇ、この年になったら「誕生日」ってーのは
めでたいのか、そうでないのか・・・
しかし、たとえいくつであったとしても
この日は「特別」な気がします。
あ。みなさま
もうこの年齢ですので、ありがたい 「お言葉」 は丁重にご遠慮させて
いただきます。
皆様のお気持ちは 「現金・小切手のみ」 でお願いします。
( ^^)/□☆□\(^^ )乾杯
時々、あてもなくあちこちのブログにお邪魔します。
大半は読み逃げで、コメント残したり、ブックマークするのはごく一部なんだけどね。
先日、ここに来てくださるぶーぶさんのお友達「けいさん」のブログにお邪魔した時の事。
記事に「自分音楽史」ってーのがあって、
急にあー、自分はどうだったかなぁ〜って思い出してみました。
いやん。ネタパクリって言わないで〜
てなわけで、今日は
「たーたさん音楽史高校生編」
を大告白してみようと思います。(スルーしてもいいよん。)
さて、アタシの音楽史は、カーペンターズに始まります。
これは、ラジオを聴くようになった中学1年生の頃ね。
「Top of the World」が始めて買った洋楽レコード。
当時、お小遣いで買える範囲はごく限られていて、
中学時代は、もっぱらラジオのヒットチャートがお友達。
英語の歌詞をカタカナでルビを打って覚えたものです。
そして高校生になって「軽音部」の存在を知ります。
いわゆる「ロックバンド」を生で見たのです。
そこで出会ったのがディープ・パープル。
もうリッチー・ブラックモアの脱退で4期に突入していた頃。
おおっ!これがロックかぁ〜
と感動したアタシは、ディープ・パープルをむさぼるように聴きました。
今でも大抵は歌えますよ(笑) カタカナで。
もうそれからは、ブリティッシュ・ロック70年代をさかのぼり学習ですね。
ツェッペリン・クリーム・グランドファンク・キングクリムゾン・ELP…。
当時、家庭がごちゃごちゃで、でも友達にも話せず行き場のなかったアタシの心は、
どんどんハードロックに魅せられていきました。
ヘッドホンをつけて聴くレコードだけでは満足できず、
ハードロックを大音量でガンガンかけてくれる店を見つけました。
学校から帰って(もしくはサボって)ひとり電車に飛び乗り、
コーラ1杯で、耳をつんざく音に浸りました。
誰にも内緒のプチ不良?だね(笑)
客も店員もカーリーでロン毛のあやしい?ロッカー達に囲まれて、
爆音の中で辛うじて平穏を保っていた「病んだ高校生」でした。
弟がそうだったように、正当にバンドとかやってればどうってことないのに
当時、親には ロック=不良、女の子⇒ロックとんでもない、の図式が
できあがってたんですよね。
その頃は色々聴いたなぁ〜。
スコーピオンズ、ジミ・ヘン、ジャニス・ジョプリン、ピンク・フロイド。(懐かしい〜ぃ)
でもジャンルがばらばらだね(笑)
曲ではダントツ、クラプトンの「Layla」が好きだった。
5年前にCMで使われて、流行った時はちょっとうれしいような切ないような気分でした。
世間はクィーン・キッス・エアロスミス・イーグルス、
そういう時代だったから、友達とはそういう話をしたけど、
ホントに好きだったのはちょっと違ってた。
そんな自分を隠してたんだよね。
今から思うと隠す事に何の意味もない(笑)
ただ、
「本当のアタシを誰も知らない」が、かっこよかったのかなぁ〜?
邦楽では、チャーだね(笑) 「SHININ' YOU, SHININ' DAY」
去年チャーのベストアルバムが出た時、思わず買った。
…ちょっと笑った。
こうしてアタシの高校生活はハードロックで終りを迎え、
同時に音楽遍歴も変貌を遂げていきます。
付き合った男の影響とは恐ろしいもので、
ここから時代は、南カリフォルニアの風に吹かれた
サーフサウンドとなるのでありました。(驚き!)
あー、こういうのって、結構独りよがりだけどおもしろかった。
こんにちは。ただの タネ です。
ブログをこちらにお引越ししてきました。
ブログを始めてからすっかりその世界にはまり
お仕事もそっちのけの毎日でしたが
これじゃぁいかん!としばらくお休みをしていました。
でも
やっぱりすごく寂しい。
毎日のつまらないコトをただ書きなぐるだけなのに
何か物足りなくて、「禁(?)」を破って再開です(笑)
さて、自己紹介を。
タネのお仕事はとある営業会社のマネージャです。
丁度、今月21日で丸1年目。
まだ、駆け出しで悪戦苦闘の新米さん。
タネは遠い昔、シングルマザーとなり
生活の為に「営業職」に就いて働き出しました。
理由は、単純に一番稼げそうだったから。
そう、小さな子供二人にご飯を食べさせなければ
ならなかったからです。
何の経験もなく飛び込んだ営業の世界は、
なぜかタネにとても相性がよかった。
お姉さんの頃にしていた「OL」は
辞めたくて辞めたくてしかたなかったのに
不思議と、とても楽しい毎日でした。
営業ですから、当然売り上げでお給料も変動します。
それに社内でのランキングなんていうのもあって
これまた、子供の頃から「負けず嫌い」なタネには
すごく励みになったりもしたのです。
これが続いた理由かな?
当然営業だから、時間も長くて
子供にはかなり寂しい思いもさせてしまいましたが
無事に(多分)育ってくれただろうと思われます。
もしかしたら、
「母ちゃんのばかぁ!」なんてタイトルで
ブログを書いていたかもしれませんが。
気が付けば、毎日仕事漬けな日々で生きてきて
子供の手が離れた後は、会社の子供達を今度は
稼げるように育てなければならなくなりました。
まだまだ、タネさんは頑張る毎日が続きそうです。
そんなタネの日々の想いをゆるゆると書いていきます。
そして会社では偉そうにしているのに
誰にも内緒の隠れKAT-TUNファンでもあります。
よければ、コメント・リンクお待ちしています。
お友達になって下さいね。